体験談 連載

徒然。のつづき

徒然。のつづき
撮影者: yuyuko

私が同性愛に偏見がない理由の一つに、姉の存在がある。
姉はバイセクシュアルの人だった。今でこそ男性と付き合っているけれど、かつては同性と付き合っていた。

はじめてその事実を聞いた時、当然、私は驚いた。けれど悪いことだとは思わなかった。
好きになった人がたまたま同性だっただけだと思ったし、姉が幸せならそれで良いとも考えた。
時折付き合っていた相手と会う機会はあったし、喧嘩をした際には愚痴なんかも聞かされた。今思い出しても、あれは普通に男女の交際となんら変わらない態度だった。
好きあって、喧嘩と仲直りを繰り返して、結局別れてしまったけれど。なんだ、同じじゃん、としみじみ思う。
そういったときに性別の差なんて大したものじゃなくて、本人たちが満足するならばそれでいいじゃないかといった気持ちになる。第三者がとやかく言う問題でもないはずなのに
その第三者の目を恐れてしまう臆病さが憎らしい。

姉について深く語るつもりもないが、私は姉を心底尊敬している。同性と付き合っていることを母に打ちあけるのは勇気が要っただろうし、それを受け止めた母の気概にも感服せざるを得ない。
しかし姉は勇気ある行動をしたからこそ堂々といられたのだろうし、それを羨ましいと思う反面、私には無理だなとも思う。私は姉にさえ、同性が好きだと話していないのだから。
軽蔑されるとは思っていないけれど、じゃあ誰が好きなのと聞かれて、答えられる自信がない。そのくらい私は彼女への恋愛感情に罪悪感を背負っているようだった。
常日頃恋慕を抱いているわけでなくて、ふとした瞬間に「ああ好きだ」と思うくらいだからかもしれない。というのも、私は彼女含めて、誰かとどうこうなるつもりはないようだ。
ひどく他人事のような言い方だけれど、近頃自覚した思いだから仕方がないと言い訳させてほしい。別に恋人が欲しいとかではなく、単に女性を好きになるだけだった。
だからこそ姉のようにはなれないし、なるつもりもない。他意は一切なく、とにかく付き合いたいといった欲が無いのだ。
それが私の生き方で、恋人を作るのは姉の生き方だ。それだけだ。

生き方なんていうのはある程度を他人に委ねて、あとはほとんどが自己責任で成り立っている。どのタイミングで何を選択するかは全て自分の意思だ。
その意思を周囲は尊重すべき(常識や倫理に反していなければ)で、理解はせずとも認めることが大事だと思う。
個々の生き方をもっと広い視野で受け止められれば、差別は減るのになと思う。それが難しいことだから、悩む人はいるのだけれど。
たとえ百年後になったって、そういった世界になるよう努力出来る事とはなんだろうか。

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yuyuko

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同性に恋をした社会人の女です。
偏見の少ない社会のために何かを発信できたらなと思います。

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